スイート・スイートロードサイドの幽霊

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上演作品

▼スイート・スイートロードサイドの幽霊
Side1:「失踪」 / Side2:「追跡」

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1964年、アメリカ。

1964年、アメリカ。 ロードサイド。看板。ポルノスター。宇宙人に逢った男。技術。信仰。そして…幽霊。科学とオカルトそのどちらに世界の重心が傾くか、今よりずっと曖昧だった時代のおとぎ話。

Side1:「失踪」
1944年。地球外生命体と出逢い、ある「技術」を託された男は、駆け出しジャーナリストのインタビューを受ける。その取材が科学雑誌に載るか?オカルトタブロイド誌に載るか?二人は、未来での答え合わせを約束した。そして20年。女は再び、男の元を訪れた。肉体を失った、名無しのゴーストライターとして。

Side2:「追跡」
週明けの月曜日。街中の看板という看板に「私の顔」が現れた。私にそっくり生き写しのその顔の持ち主は、決して表には現れないアンダーグラウンドのポルノスターだった。看板には一行「SHE DIED」…彼女は、死んだ。私は彼女の幽霊なのか?それとも…。私は幽霊の判別方法を持つ、ある男の元を訪ねた。

















 (客席を見渡して)…アー、どうも。本日はオレの為にお集まりいただいて…。懐かしい顔が…あるかな。…あるね。どう?調子。いい?悪い?…オレ?おれはね…。アー、テス、テス、テス。只今、オレのテスト中。只今、オレのテスト中、と。マーマーかな…。いや。この年になるとドーモ。カラダの節々がね。絶好調!っていう日は、ないね。(客席に)ねえ?100をマックスとして、よくて70。55がアベレージってとこかなー。寝て、起きたら、もう疲れてるから。身体を一か所ずつチェックしていって…大丈夫かな。故障してねえかな、って。用心して。ソロソロっと、起き上がるわけ。オレチェック。オレを、チェック。カラダに比べたら、ココロの方はマア、不調もそれほどなく。やっていけてるってのが有難いことではあるよね。逆は困るからナー。身体がビンビンでココロが暗黒。病み切ったボディビルダー。それって不幸だな。怖いよね。闇夜のボディビル。目がランラン。でも、そういうヒト、意外といる。そー思う。オレも…(と、なぜか一人称を改めるのだった)ワタシも?なんだかんだもう、長いからね。地球。いろんな人間を見てきた。暗黒のボディビルダーも、いた。生まれてから4回しか風呂に入ったことのない鉛色の目玉を持ったテノール歌手ってのも、いた。ホント、まあ、ワタシのよーな世間知らずからすればね。初めてココに降り立ったときには、そりゃモウ、驚いたモンですよ。いろんな生物が…あ、いや、ヒトが。いるもんだなって。でもそれも結局、個体としての差異でしかないからね。いまはもう、どんなヒトが現れても…フーン、まあ、そういうのもあるでしょうな、としか思わないかな…。でもホント、いろんなヒトがおりました。通り過ぎていきました。その通り過ぎていったヒトの数こそが、生きてきた実感というか…ワタシ、という個人の・あくまで個人の中に内在する、時間、の証明ということなんでしょうナ。時間。…ウン。そう。この、時間、という考え方を理解するのに、大分かかった。飲み込み辛かった。独特ですな。多分、地球だけなんじゃないかな。存在しないものを存在しないまま、存在しないという形で理解する。発狂してしまいそうですが…。事実、ワタシは発狂しかけました。発狂というガードレールに正面衝突した。崖の下には落ちなかった。そして改めて考えた。時間…。ジカンね。それはどうやら、過去という力点から 未来という作用点へ向かって、ただもう一方的に・直線的に進んでいくばかりだ、と。逆はあり得ないんだ、と。まあそういうことらしい。ほっといたらお茶は冷えるが、その逆はない。そんな不合理を飲み込む屁理屈として、エントロピーなんていう、子供のオモチャ以下の理屈もヒネられた。いや、ま、しかし。改めて考えてみてだ。あなた。意識や肉体といったものが、取り返しのつかない一方向にしか進んでいかない、って…どんだけ偏屈な考え方だろーか。…特殊だよね。独特すぎる。まあ、今ではすっかり、その考えにも馴染みましたが…。言ったでしょ。ワタシ、地球、長いんです。この「長い」なんて発想も、飲み込めるくらいには、ね。しかし最初は苦労しました。勉強しました。マッサラな状態で。地球のヒトもはじめ、それを…時間という考え方を、持っていなかった地点まで遡って、取材しました。それで理解した。 彼らは…そう「地球人」は、「死」というものを大変に恐れ、そして敬っている。殆ど、そのことばかりを考えている、と言ってもいい。…え?だから、死ですよ、シ。デッド。肉体的な消滅です。彼らにとって、それは一度経験してしまうとそこでオワリ。もう二度と元には戻らない。再生もしない。そういったものらしい。不思議でしょう?不思議ですよね。勿論、我々にだって、そのいわゆる「死」は存在する。トーゼンです。事故。病気。突発的なアクシデントや、或いは…ボディの耐用年数超過による機能不全。衰え。肉体的に消滅することはまま、あります。珍しいことじゃない。ただ、彼らの考える「時間」が取り返しのつかない一本道であるのとは異なり、我々の知っているそれは、いつでも、何度でも、やり直しが効く…というか、やり直したい場所まで、何のこともなくチョンと戻ってしまえばいいだけだ。ね? …皆さん、キョトンとしてますナ。だからドーしたって顔だ。あまりに当たり前のこと過ぎて、かえって混乱させてしまったかもしれない。よーがす。懇切丁寧に説明しましょう。1+1を、生後2日目のメキシコジムグリガエルに教えるように。 

と、男、一本の紐を取り出してブラリと垂らした。

 …これが彼ら「地球人」の考える時間です。垂れた一本の紐の上から水を垂らすと…ご覧の通り、上から下へ一方通行で進んでいく。逆はあり得ない。後戻りは出来ない。だか、我々にとっての時間とは…(紐の下を持ち上げて、上の部分にくっつける)こういうものだ。戻りたい場所、或いは(紐の上を下の部分にくっつける)早送りしてトットと先に進みたい場所までピンポイントに選択してワープしてしまえばヨイ。その際、肉体は持っていけない。ジャマなので捨てていきます。地球人の言葉でいえば…そう、「精神」だけの存在になって行きたい場所まで行く。行った先で、肉体は再生する。そーゆうもんです。ね?常識デショ。…そう、お分かりになられましたか。なかなか、勘のいい客席だ。地球人にとって、「時間」は、線。だか我々にとってそれは「点」なのです。「死」もまた、しかり。肉体的に消滅し、精神だけになってしまったカラダの活用法を、彼らは知らない。だから消滅してしまった時代に精神だけが…肉体の中身だけが取り残されてウロチョロしている。そしてそれを観察する技術も、彼らは持ち合わせていないのです。ただ、時に何らかの拍子で脳の周波数にコネクトする瞬間もある。その現象を、地球人は「幽霊」などと言ったりするそうです。 …オヤ。顔色が悪いですね。心拍数が上がっている方々もいるようだ。お気を付けて。ボディの消耗が早まりますよ…。ではそろそろ、本題に入りましょう。ズバリ・我々は遭難者だ。この「地球」という郊外の辺境、外惑星のそのまた圏外にポトリと落っこちてきた。だが、それもまた、楽しいハプニングと浮足立っていた。ピクニック気分だった。武勇伝が出来た、そんなことさえ思った。…それが大きな間違いでした。先ほどからお話しているように、この星には、好きな時間・好きな場所を選択してワープする、その概念と技術がまるまる、ナイのです。現地調達できるのは、ダンゴムシの受講する初等教育ほどに乏しい科学技術と知見のみ。…恐ろしいですか。恐ろしいですね。そう、我々のルールでは、タイム・チョイスの際、使用できるテクノロジーは、到着した時代の科学水準に批准しなければならない。しかしまさか…肉体の再生はおろか、時と場所を自由に選ぶ乗り物さえ未開発の世界が、この宇宙に存在するとは!これだけの現地生物…あ、いや、ニンゲンを抱えておきながら!…サテ、地球人らしく考えてみましょうか。我々がこの星に遭難してから、皆さん、「何年が経ちました」かな?肉体は、どう?衰えたでしょう?私もね…そうオレも…カラダの節々がね。絶好調!っていう日は、ないね。(客席に)ねえ?100をマックスとして、よくて70。55がアベレージってとこかなー。寝て、起きたら、もう疲れてるから。身体を一か所ずつチェックしていって…大丈夫かな。故障してねえかな、って。用心して。ソロソロっと、起き上がるわけ。オレチェック。オレを、チェック。…そろそろ、限界が近いかも。しかし恐るべきことに、このカラダを再生する術がない。ねえ、皆さん?もう少し大事に使うべきでしたね。後戻りできない、たった一つしかないこのボディを。こちらから見える景色は…フフフ。まるで老人ホームの集会ですナ。勿論、私を含めて、ね。…だがまあ、ココロは健康です。この事実にイチ早く気付いてしまったオレはね。一回、ココロをぶっ壊した。考えないようにした。考えずに、考えた。考えが下りてくるまで。それで、思いついた。時間と場所を選ぶことのできる技術…地球人的に言えば、そう、タイム・マシン。そのテクノロジーを、そのまんまの形ではなく、その最も初歩的な別の技術に隠して、現地人に伝える、という方法です。ダンゴムシ以下とは言ったが…彼らの、地球人の…オレたちの科学水準は、ここ100年で飛躍的に上昇してはいる。それは自閉症の幼稚園児がお遊戯で歌う2番目の歌詞の歌い出しを覚えた、という程度の些細なあゆみではあるが…目覚ましい進歩には違いない。その水準の指数関数的上昇に期待して…今の地球人であれば、ギリギリ到達できるであろうテクノロジーに、未来・タイムマシンへと発展的に繋がる技術を隠して渡してしまう。あくまで突発的な、予定外のギフトとして、ね。 …どうですか?ココロは無事、落ち着きましたか?…え?そんな突発的なギフトを受け取れる資格者がいつ、現れるのか、って?…いいですね。素晴らしい。「いつ」現れるのか。「どれくらい」待つのか。…実に、地球人らしい「時間」の捕らえ方だ。滴る水が落ちる情緒だ。板についてきた、ってコトだ。オレらは、そう、板についた。まな板だ。その乾いたプレートに、いま、プレゼントの当選者が現れましたよ。

(Side1:「失踪」プロローグ)

















部屋の中。今から20年前の風景。女がメモを取りながら、男にインタビューをしている。

 …では、確かに出逢ったんですね。ミスター・アダムス。あなたは、その…(長く逡巡して)…宇宙人に。
 宇宙人。なるほど。宇宙人、ね。
 何か?
 流行りのコトバだね。私は…「彼」と呼んでいるけど。
 「彼」。
 まあ、好きにしたらいい。呼びたいように呼べば。
 戦場で、遭遇した。
 無線が傍受されてたんだ。行軍の途中で爆撃を受けて…。部隊は散り散り、仲間とはぐれてね。無我夢中で逃げ込んだ竹やぶに、塹壕を掘って一人、そこでしのいだ。1日…2日…3日…4日…5日。

男が喋る間、女はメモを取っている。

 その間、飲まず食わず。
 (頷いて)5日目の夜。目の前が霞んで…モーロ―とした意識がブツブツと途切れ始めた。もうダメだ。ブラックアウト…その瞬間。身体中が、暖かく…真っ白い光に包まれた。死だ。私は、死んだのだ。そう思った。
 だが、そうではなかった。
 光の中で目を明けた。…そこに、「彼」がいた。
 それがファースト・コンタクト。…「彼」は、あなたに何を?
 分からない。言葉による意思疎通をしたワケではない。ただ、何となく…。
 何となく?
 「彼」は私に…そう、プレゼントを渡しに来た…そう思った。両手を差し出して…私は、「それ」を受け取った。
 「それ」とは、具体的に?
 技術だ。テクノロジー。我々人類が、あと100年、いや千年。かかっても恐らく手に入れられないであろう、規格外の、科学技術。
 どんな技術なんです?
 マイクロウェーブ。
 マイクロウェーブ?
 2・4ギガヘルツという数値のマイクロ波を照射することによって、物質の水分子を振動させ、加熱し、蒸発させてしまう。
 2・4ギガヘルツ。というのは…ええと、つまり…?
 一秒間に24億5千万回の振動、ということだ。それにより、分子という分子が加速し、内部から、途方もない摩擦熱を発生させる。
 確かに。我々の常識からは理解しがたい、遥かにブっとんだハナシです。
 …戦争に言って、アタマがぶっ壊れたと思ってる?
 それを判断するのは、読者ですから。…ではあなたは、今もその宇宙人と…「彼」と繋がっているのですか?
 分からない。
 分からない?
 「彼」と「私」は言語によってコミュニケートしたわけではない。通じ合えるのは、ただ「技術」によってのみ。水を振動させ、蒸発させる技術…。「彼」が私に…人類に授けたこのテクノロジーの使い道を、「彼」は観察しているのではないか…?
 まるで神を裏切って人間に火を与えた。プロメテウスのようですね。
 …君、文学部?
 現代詩専攻です。…続けて。
 目が醒めると私は塹壕の中にいた。飢えも、痛みも、何もなかった。静かだった。恐る恐る立ち上がり、ほら穴から這い出た。するとそこは…荒野だった。草木一本生えない、荒れ地だった。私は竹やぶに逃げ込んだはずだったが…。私は歩いた。歩き続けた。部隊に合流するために。だが…部隊は消えてしまった。味方も、そして敵の部隊も。蒸発してしまったんだ。この世から、消えた…。そして…そしてすぐ、戦争が終った。
 …。

しばしの沈黙。女が、パタン!とメモ帳を閉じた。

 お疲れ様でした。インタビューはこれで終りです。ミスタ―・アダムス・マクモニーグル。宇宙人に逢った男。プロメテウスの火を授かった新人類。…お陰様でいい記事が書けそうです。感謝します。

女、男に握手を求める。男、応じて。

 そりゃ結構だね。ミス・スゥイーティ。
 スゥイーティ・スイート。覚えておいて、この名前を。近い将来、きっとピューリッツァー賞を受賞する私の、これがデビュー原稿。あなたは、私のインタビューイ、その第一号。
 光栄だね。私にとっても、これが人生で初めての取材だよ、レディー。

女、去りかける。が、フと振り返って。

 …一つ、お聞きしても宜しいでしょうか?これは、オフレコで。
 何だろう?
 一秒間に24億5千万回のマイクロウェーブ照射。…文学部出身の私のアタマでは到底、理解できる理論ではないのですが…。あなたはその技術を、これから何に使うおつもりなんです?
 今、2つの会社がこの技術に興味を示している。高く買ってくれる方に売るさ。
 2つの会社。それは…?
 一つは、家電メーカー。そしてもう一つは…
 もう一つは?
 軍需企業だ。
 軍?
 この技術を家電メーカーが買えば、それは冷えた食べ物を温める商品に変わるだろう。
 軍需企業が買った場合は?
 …。ミス・スゥイーティ。目覚めた時、私は荒野にいた、と言ったろ。草木も、敵も、味方も、蒸発してしまった、と。あれは…文学的な喩えではないのだよ。植物も、人間も、水分で出来ている。マイクロウェーブは、その摩擦熱でもって、物質を内部から破壊する技術でもあるのだ。
 では、兵器に…。
 私も君に質問のお返しをしよう。詩学専攻の、駆け出しジャーナリスト殿。
 え?
 「宇宙人と逢った男」。そのインタビュー記事を、君はどの出版社に持ち込むつもりなんだ?
 それは…(ニヤリと笑って)2社に売り込みます。一つは、権威ある一流サイエンス・マガジン。そしてもう一つは…ゴシップと俗悪が売りの、三流オカルトタブロイド雑誌。そのどちらが買ってくれるかで…ミスタ―・アダムス・マクモニーグル。あなたが最先端科学の発見者か、それともアタマのおかしいオカルト信者か。記事の内容と世間の評価がそっくり、入れ替わるわ。
 (笑って)なんてこった!
 未来に、答え合わせをしましょう、ミスタ―・アダムス。あなたの得たギフトが、冷えた食べ物を温める道具に変わっているのか、或いは、人間を内部から蒸発させる恐るべき殺人兵器を生み出しているのか。
 私が、科学の申し子か。イカれたオカルト野郎か。
 その答えが出た頃…。また会いにきます。きっと。
 ピューリッツァー賞作家として、ね。名詞は捨てないでおこう。ミス・スゥイーティ・スイート
 ありがとう。失礼致します。

ストップモーション。そのまま、20年の時間が過ぎる。

(Side1:「失踪」)





















女、電話ボックスから電話をかけている。呼び出し音が鳴っているが、相手は出ない。女、イライラとした様子で独り言を呟く。

 …顔。顔。顔。街中にディスプレイされた、広告看板。その全てがある日、突然、自分の顔で埋まる。どの駅で下りても、どの通路を歩いても、どのビルを見上げても…そこに、看板。看板の中に、私。私の顔。媚びた目。値札を付けられた、商品の目。街の中で、私は私に取り囲まれる。路を歩く人が、フと気付いて私を見る。看板の顔と私の顔を見比べる。指を指す。背後に立つ。付いてくる。私は踵を返して、早足で立ち去る。…どこへ?どこへ行っても…逃げても、立ち止まればそこにもやっぱり、私の顔があるのに…。あなたは、誰?私は…あなたを知らない。全身に鳥肌が立つ。震えて、立てなくなる。立てなくなって…(電話が繋がらないことにイラついて)ああ、もう!バカ!

女、ガシャン!と受話器を置く。と、すぐまたダイヤルを回す。相手はやはり、話し中である。

 出ろッ!出ろッ…!いつまで話してんだ…。私の時間は、一分1ドル…。

別の空間に、男。電話で誰かと話している。

 会員番号6600(シックス・シックス・オー・オー)。…看板を見たよ。…ああ。真実、残念だ。彼女こそは我々の女神、真昼の月、夜の太陽。悔やんでも悔やみきれんさ。雀の涙に投げ込むコインほどにも、供養の足しにならないと思うけど…。気持ちだから。彼女のピンナップと過ごす予定だった夜の寝酒1年分、700ドルの寄付を、我がホーリィ・ホリィ・ファンクラブに。…うん、それじゃ。

男、電話を切る。と、その瞬間に、また電話のベルが鳴る。

 (少しヒルんでから)…ハロー?
 遅いッ!よくも私に7分も時間を使わせたわね。7ドルの損失。請求書を書きます。
 …どちら様?
 あなたの客よ。ビジネスマナーとしての、これはアポイントメント。伺います。場所はソコ。時間は、今スグっ!

女、ガシャン!と電話を切ると、次の瞬間にはドアを蹴破り、男の部屋に入って来た。

 本日アポを頂いております、アンジェリン・ウォーターズです。
 は?
 アポは取りました。電話で。
 いや、まあ…電話は確かに…あった…ケ…ド…。

男、女の顔をマジマジと見て。

 …何か?
 そんな…まさか。信じられない。顔、顔、顔…。その顔は!
 顔?
 ままま・まさか…イヤ、間違いない。あなたは…この顔は…ミス・ホーリィ・ホリィ?
 ホーリィ・ホリィ…。フーン。いかにも作り物って感じの名前じゃん。
 え?
 でもピンと来た。それが、あの広告看板にプリントされた女の名前。今、街中にディスプレイされてゲップが出るほど溢れてる顔・顔・顔の商品名。ソーよね?そーなんだ。
 あなたは…?
 既に名乗った。時間の無駄だけどもう一度だけ挨拶します。私は、アンジェリン・ウォーターズ。そしてあなたは、アダムス・マクモニーグル。またの名をミスター・ストレンジ。
 おや、随分、懐かしい二つ名ですナ。
 子供の頃読みました。父親が読み捨ててゴミ箱に捨てた、3流タブロイド誌をこっそり拾って、夜中、ベッドの中で。その記事の中に、あなたのインタビューがあった。
 どんなインタビューでした?
 「宇宙人に逢った男」。
 懐かしいなー。それはきっと、私が最初に受けたインタビューだ。
 戦場で仲間とはぐれて…宇宙人に逢って…スゴいテクノロジーを貰ったんだって?
 そう。人類の持てる水準を大きく超えた、それは巨大な科学技術だった。
 (鼻で笑って)カガク…科学ね。
 何か?
 いえ…。続けて。宇宙人がアナタに、どんな技術をくれたって?
 宇宙人…私は「彼」と呼んでいるが…。
 「彼」。
 そう。「彼」がくれたモノ。それはまさに恐るべきギフトだった。
 ゴクリ。
 2・4ギガヘルツのマイクロウェーブによって、物質の水分子を振動させ、加熱し、蒸発させてしまう。2・4ギガヘルツというのは…つまり、一秒間に24億5千万回の振動、ということだ。それにより、分子という分子が加速し、摩擦熱を発生させる。
 よく分かんないけど…。スゴいのね。…それで?
 ん?
 それでその技術は、何の役に立つの?
 …食べ物を温めることが出来る。
 ハ?
 ダイヤルを回して、90秒。チン!と音が鳴れば、冷え切ったピザもアツアツに蘇る。
 (あきれ果てて)それだけ?分子を1秒で24億5千万回振動させる、恐るべきオーバーテクノロジーを使って…出来ることが…ゴハンをあっためるコトだけ?
 私はコレを『電子レンジ』と名付けて売り出そうと考えたが…。どの家電メーカーに持ち込んでも、ケンモホロロに門前払いだった…。
 あったり前じゃん。たかがゴハンをあっためる為に、分子を振動させる?誰がそんなゴタイソーなトリックを使うよ。コンロであっためりゃ、充分でしょ。
 誰もがソー言った。理解されなかった。だが私は…「生物の水分を振動させる」…この技術の、もう一つの使い道を見つけた。それが…。
 幽霊の判別方。
 その通り。そのニッチな技術でほそぼそと暮らしております。
 ソレよ。ミスター・アダムス。幼い頃の記憶を辿って、私があなたに今、アポイントメントを取った理由。…私は、幽霊なのかもしれない。
 え?
 週明けの月曜日。街中の看板という看板に、突然、女の顔が現れた。商品名もない。連絡先の電話番号もナイ。媚びた目で笑う女の顔が一つ、その横にはたった一行のコピー。
 「SHE DIED」…彼女は、死んだ。
 …私は彼女を知らなかった。けれど、ミスター・アダムス。あなた、先ほど口走りましたね。私の顔を見て。確か名前は…?
 ホーリィ・ホリィ。
 よくご存じのようで。教えて下さる?ホーリィ・ホリィ。彼女は、何者?
 そう、彼女こそは…我ら孤独なロンリー・ダンディ・ガイズの女神。タブロイドに舞い降りた天使だった…。
 よーするにポルノスターね。いかがわしい男性誌で、顔と身体を捧げる、慰み者のピンナップ・ガール。
 彼女を悪く言うなッ!私はファンクラブ・会員ナンバー6600だ。
 別に。彼女と彼女の職業について、とやかく言う気は私にナイ。顔を。カラダを資本にアンダーグラウンドの階段を昇りつめた、彼女はジャンヌ・ダルクであったのかもしれない。ザ・プロブレム・イズ・オンリー・ワン。問題は…
 問題は?
 そのカラダに、私とウリ二つ、まったく同じ顔がくっついていた。そのことタダ一つだけ。
 じゃあ、あんたはやっぱり、全くの…
 別人。双子の姉も、生き別れの妹もいない。他人の空似。或いは…幽霊。
 幽霊。
 死んだんでしょ、彼女。
 …ええ。あられもない下着姿で、川に浮いていたところを発見されたそうです。あの看板は、彼女の葬儀、その告知なのです。
 葬儀の、告知。
 彼女は…ホーリィ・ホリィは、その顔とカラダ一つで稼いだマネーの殆どを貯蓄していました。そしてもし、自分が亡くなった時には…その財産の全てを使って、街中に自分自身の葬儀、その広告看板を出すことを、遺言として残していたのです。決して表舞台に出ることなく、ピンナップの中で男たちを優しく慰め続けた彼女の、それが最期の晴れ舞台というわけだ。…この家の前の道…ロードサイドにも、看板が出ていたでしょ。
 え?…ええ。
 あれは、私が寄付して建てたものです。700ドル。こんな田舎街にまで看板を出すほどには、彼女の遺産もホンの少し、足りなかったようで。
 その葬儀、あなたは行かないんですか?会員ナンバー・6600。
 ごらんの通りの田舎町。旅費がありませんよ。ハイウェイを一昼夜、ブっ飛ばして会場まで向かう、足も。
 その足、私が出します。幽霊が、足を。フフフ。
 あんたが?ええと…ミス・ウォータズ。
 経費を出すわ、ドカンと。
 ケーヒ?
 私、広告代理店でマネージャーをしています。
 広告…じゃあ、看板屋?
 その看板の総元締め。
 じゃあ手配師か。
 広告看板は、今や街を着飾る、都市のドレス。どの駅に、どの路に、どのビルに、どんな看板を出すのか。飾るか。それはコントロールされ、デザインされなくてはならない。そのデザイナーが、私。けれどある日、その指揮棒は奪われ…街は私の顔で溢れた。私ではない、私の顔。死んだ私の…顔。
 でも、他人の空似だって…。
 その看板を一目見たとき、私には分かった。私にだけ分かった。髪の生え際、化粧で隠したシミの位置、剃り残したうぶ毛の数まで、その顔は私とピッタリ、同じ。ひょっとしたら、私は…彼女が死んだ瞬間に生まれた幽霊なのかもしれない。生まれてから今日まで、広告代理店のマネージャーとして働いてきた…その記憶をもって記憶ごと、週明け月曜日に生まれたのかもしれない。
 コイツはコケの生えた神学論争だ。けれど、あなたの家庭には、職場には、あなたを記憶している人がいるでしょう、ウォーターズさん。
 あの看板を見た日から…私、出社していません。家にも戻っていません。恐ろしくて…。逢ったのは…アポイントをとった今、ここ。ミスター・「ストレンジ」・アダムス。…あなた一人。
 ミス・ウォーターズ…。
 ンじゃっ!行きましょう!ハリー、ハリー、ハリー!
 え?え?
 モタモタしないでっ!私の時間は、一分1ドル。向かいましょう。ハイウェイを一昼夜、ブっ飛ばした先にある、彼女の…私の、葬儀会場へ。そして…
 そして?
 そして判別して欲しい。私と私と同じ顔で死んだ彼女とを並べて…そのどちらが肉体で、どちらが幽霊だったのか。宇宙人から貰ったという、俄かには信じられない物差しで、この俄かには信じられない話の、ジャッジを。
 …。

モーターサイクルの音が聞こえてくる。

(Side2:「追跡」)

DATA

2023年7月7(金)~9(日) /14(金)~16(日)

Paperback Studio

作・演出
小野寺邦彦

出演
岩松毅 /田尻祥子 /日野あかり
スタッフ
衣装:小川優太 / デザイン:orange21 / 写真:松村晋一朗 / イラスト:町田メロメ / 制作:永井友梨 / 協力:日本のラジオ/ 共催:Paperback Studio

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