量子探偵 ミンコフスキー密室/レムニスケート消失

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上演作品

▼「量子探偵 ミンコフスキー密室/レムニスケート消失」

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これは、現実ではない。
世界は、夢ではない。

4次元空間の密室にひとり引きこもる孤独な少女、順子・ノイマンの元に、「物語の探偵」を名乗る男、トラヴィスが現れる。 今、別の時間/別の場所で、ひとつの遺体から複数の異なる死亡推定時刻を示す遺留品が検出されるという怪奇事件が発生し、その容疑者として、4次元空間を行き来できるノイマンがリストアップされたのだ。
自身の存在消滅を懸け、量子探偵として初めての事件を手がけるノイマン。だがそれは恐るべき『ウォーターヘッド事件』…その《トリガー(引き金)》に過ぎなかった。
(ミンコフスキー密室)

【昼】の世界と【夜】の世界。奇妙に捻じれてしまった近未来。 4次元人の存在が公にされた【夜】の世界では、深刻な社会問題が発生していた。 それは4次元人による、他次元への介入である。 他次元の人間には、今・目の前にいる人間がネイティブの3次元人なのか、それとも移住してきた4次元人なのかを区別がする術がない。疑心暗鬼にかられた人々の間で、4次元人排斥の機運が高まっている。
既に老い、量子力学も過去の遺物となり果てたノイマンの元に舞い込んだ依頼。それは捻じれた次元の隙間に人間が溶ける『∞(レムニスケート)失踪事件』。 ノイマンは、量子探偵としての最後の事件に挑む。
(レムニスケート消失)


























暗く、狭い部屋。トラヴィスとノイマンの二人きりの空間。

ノイマン …ヘックショイ!よくもアタシに冷や水をぶっかけやがったな。…ヘーックシ  ョイ!
トラヴィス おっとスピード違反だ。クシャミの速度は時速320キロ。マッハ3だ。逮  捕だ。ガチャン。ハハハ。

トラヴィス、ノイマンの手を取るが、ノイマン、その手を振り払って。

ノイマン ワーッ!だだだ、誰だッ!
トラヴィス あっ、脱獄。
ノイマン ドドド、どーやってこの部屋に入って来やがった!
トラヴィス ン?ドーやって、って…そりゃ決まってる。ドアがあったので、開けて入った。そんだけよ、ボーズ。
ノイマン ギロリ。誰がボーズだよ?
トラヴィス おっと、失礼、レディー。ノックはしたぜ、ツー・トン・トン。
ノイマン いまだかつて、アタシのこの部屋に入ってこられた人間は一人もいなかった!
トラヴィス その通りだよ。ブラボーだよ。足を踏み入れて分かった。めったにお目にかかれない、コイツは見事なミンコフスキー空間だ。
ノイマン ン?ミンコフ…何だって?
トラヴィス ミンコフスキー。ヘルマン・ミンコフスキー。
ノイマン そんな名前知らねーよ。アタシの名前はさァ…
トラヴィス 世田谷はマーキュリー通りにお住いの、ホーリー・ネームはえーと…順子さん。
ノイマン ノイマンッ!
トラヴィス ン?
ノイマン 順子・ノイマンだ。…間違えるんじゃねーぜ。
トラヴィス がってん。
ノイマン がってんする前に質問に答えろよっ!誰も入れないハズのアタシのこの部屋のドアを、どんな方法で開けたんだ?
トラヴィス ワン・クエスチョン。その質問に答える正当な手続きとしての足踏み、まずは私も名乗りましょう。はい、お名刺。
ノイマン なんだこれ、手書きかよ。貧乏クサ。そんで、きったねー字。エート…?トラ…トラ…ヴィ…?
トラヴィス トラヴィス・ビックル。
ノイマン トラヴィス。職業は…探偵?
トラヴィス そう、探偵。それもただの探偵じゃナイ。ナラティブ・ディテクティブ。すなわち…物語の、探偵。
ノイマン 物語の探偵…って、ナンのこった?
トラヴィス 人生は筋書のないドラマ。一歩、また一歩。その暗中模索のドロ沼に、事と道理を通して、交通整理する。…プロット。物語。テーマ、暗喩、そして…カタルシス。ストーリーで舗装して、カーペットを敷く。その赤絨毯を歩いてこの部屋までやってき た、そーゆうワケだ。アンダスタン?
ノイマン 何がなんだか、サッパリなんだけど?
トラヴィス 早いハナシがね、レディー・ノイマン。私を、キミの物語の登場人物に加えさせて貰った。そして、その物語の筋書に一行、こう書き加えた。「誰も入れないハズの引きこもり空間に、突如、男が現れた」、とね。
ノイマン 引きこもり?…アタシを引きこもり、と呼びやがったな?
トラヴィス そう、ノイマンさん。ズバリ・キミは引きこもりだ。それもタダの引きこもりじゃナイッ!由緒正しい血統書つきの相対性理論に基づいた、ミンコフスキー空間。すなわち、4次元空間の引きこもり!

と、ガチャリとドアを開ける音がして、もう一人、人物が現れる。探偵助手のマルタ・ピーキー。

マルタ ペッタン。土足で失礼。へえー、コレが4次元空間ですか。一見、タダの部屋と変わんないスね。
トラヴィス 我々にとってはね。だが(ノイマン指して)彼女にとっては、違う。このかび臭いワンルームの引きこもり部屋こそが、時間を超えて、過去・未来へと行き来できる、タイムマシンなのサ。
ノイマン また入って来やがった。しかも土足で!
マルタ だって、探偵が靴下で部屋を歩き回ってたら、カッコ悪いじゃん。
ノイマン 探偵?オタクも探偵?
トラヴィス 探偵「助手」の、マルタくん。
マルタ マルタ・ピーキーです。お会いできて光栄です。握手してくださいノイマンさん。
ノイマン ン?あ、ハイ。

ノイマン、ノせられて、マルタと握手をする。

マルタ トラヴィスさん、指紋取りました。
トラヴィス (マルタの手を見て)ドレドレ、と。おー。出てる、出てる。
ノイマン ナナナ、ナニが出てるって?
トラヴィス 見なさい。握手した指先に、うっすらと青白く、光る痕跡。間違いない。これこそ、ミンコフスキー空間を出入りする者にだけ現れる、量子的証拠だ。
マルタ この部屋に、この指紋。状況証拠と物的証拠が出揃いましたね。
トラヴィス あわてるな、マルタくん。靴下が表・裏、逆だ。
マルタ あっ、恥ずかしー。

マルタ、あわてて靴下を履きなおす。その間にトラヴィス、ノイマンに向き直って。

トラヴィス サテ。助手が靴下の表裏をひっくり返している間に、こちらは供述の口裏を合わせておこう。
ノイマン 供述?
トラヴィス そう、ノイマンさん。今、キミは極めて不利な状況にある。今、この部屋とは違う場所・違う時間で、少しばかり奇妙な殺人事件がおきた。キミはその事件の、最重要参考人として、間もなく指名手配を受ける。
ノイマン サササ、殺人事件の、指名手配?だってアタシ、何もしてねーよ。
トラヴィス その証拠は?
ノイマン ずっとこの部屋に引きこもってマシタ。
トラヴィス それだっ!その供述こそがマズいっ!
ノイマン どーして?
トラヴィス どーして?よく言ったモンだ。理由はもちろん、この部屋だ。ミンコフスキー空間。すなわち、4次元空間。4次元とは、縦・横・高さ、の3次元にもう一要素、時間を足した空間だ。この中では、時間を距離のように移動することができる。そーですね?
ノイマン マアね。
トラヴィス つまり、ノイマンさん。キミはこの部屋の中から空間的には一歩も出ることなく…しかし時間を移動して、好きな時代・好きな場所に現れることが可能なんだ。例えば、そう、誰も足を踏み入れることが出来ないハズの密室に現れ、被害者を殺害した後、再び時間を移動して、この部屋に戻ってくる。そんな芸当だってお手のモノ。
ノイマン そんなに遠くへは行かねーよ。散歩する程度だよ。疲れちゃうから。
マルタ (靴下をひっくり返しながら)疲れる?新情報ですね。
トラヴィス ウン。しおり、挟んどいて。…では改めて聞きましょう。ノイマンさん。これまでキミは、この部屋の中で、どれほどの時間を移動してきたんだ?
ノイマン ホンの近所だよ。ホンの先の…そう、アタシが大人になった未来を、チョット覗きに行くくらい。

ノイマンの幻視するイメージ。バーカウンターの姿が一瞬、そこに浮かび上がる。トラヴィスとマルタ、その風景に溶け込んで。

マルタ ペーパー・ムーンだ。ウソみたいにゴーセーな月が出たっ!
トラヴィス はしゃぐな、マルタくん。(バーテンに)助手には、オレンジ・ジュース。私には、レミーマルタン、45億年。ペリト・モレノの氷山よりも冷たいロックで。…それで?
ノイマン (酔っ払って)ン?
トラヴィス どうだった?大人になった未来の自分の姿は?
ノイマン 酔っ払ってた。酔い潰れてた。アルコールの海に溺れて…沈んで…。それで…、
トラヴィス それで?
ノイマン それで…へへへ。アタシもさ、トラヴィス、アンタと一緒で…探偵をやってたよ。量子探偵。量子力学を使って、事件を捜査して、謎を解くんだってサ。
トラヴィス ソイツはいい!では探偵、私からの依頼だ。今、あなた自身にふりかかっている殺人事件の容疑を、自らの手で捜査・解決して欲しい。報酬は、この引きこもり空間を世間に公表せず、キミの精神の自由と孤独を守るコト。いーかな?
ノイマン 待てよ!だから、探偵をやってるのは、未来のアタシで、今のアタシは、時間を移動してそれをチョット、覗いてるだけなんだって。
トラヴィス 現在が未来に接続する、その瞬間こそが、今なんだ。ノイマン、これが君の量子探偵としての初仕事だ。(唐突に)…今!電話がかかってきますよ。
ノイマン (独白)その男は、唐突に話題を変えた。(トラヴィスに)電話?どーして?
トラヴィス これが、物語だから。
ノイマン 物語。
トラヴィス 私も探偵だ。タダの探偵じゃない。物語の探偵。この会話が物語の冒頭ならば、必ず電話が鳴るハズなのです。…昔、一冊の本が教えてくれました。あらゆる謎解きの始まりは、フイに鳴る一本の電話の音からだと。私はいつもそれを待っている。探偵の仕事とは待つことです。私は私の謎の手がかりを、ずっと待っている…。

いつの間にか、バーの風景は消えている。マルタ、オレンジ・ジュースに酔っ払って眠っている。

ノイマン でもこの部屋に、電話なんて置いてねーよ。
トラヴィス そんなアナタに、ハンディなパートナーを、ハイ、プレゼント。

と、トラヴィス、いずこからか、鳥かごを取り出す。その中に、小鳥のネオンが入っている。

ネオン …チチチチチ…ちゅん。
ノイマン なんだあ、小鳥だ。
トラヴィス ヨーロッパコマドリの、ネオン。タダの小鳥じゃナイ。アナタの生涯に渡る  パートナーになる。きっと、なる。
ネオン チチチチチ…。小鳥のネオンです。ちゅん、ちゅん。ヨロシクね。
トラヴィス さ、準備して。電話がかかってくる。
ノイマン え?
ネオン じりりりりん。じりりりりりん。
ノイマン わっ。…もしもし?

と、まるで別の空間に繋がる。電話を持った女、ミルホーン・ヴギ登場。

ミルホーン もしもし?探偵さん?私です、依頼人のミルホーン・ヴギです!急いで下さい!大変です!被害者の遺体の中から、また一つ、死亡推定時刻の全く異なる残留物が現れました!事件も、私の情緒も迷宮入りです!ガッチャン!
ネオン ツー…ツー…ツー…ツー…。通話時間に比例する使用量子は、490ナノマイクロクォーク・デス。ちゅん。
トラヴィス ツケといてくれ。さ、マルタくん。オレンジ・ジュースに酔っ払って寝転がってる場合じゃないぞ。現場に戻るんだ。先に行って、しおり、はさんどいてくれ。
マルタ がってん。

マルタ、四次元空間から去る。

トラヴィス じゃ出かけよう。量子探偵の初仕事だ、ノイマン。
ノイマン (ギロリ、とトラヴィスをにらみつけて)順子・ノイマンだ。間違えるんじゃねーぜ。
ネオン …チチチチチ…ちゅん!

四次元空間が溶けだして、まるで異なる空間、殺人現場が現れる。







































ドタドタとノイマンの手を引きながら、ネオンが現れる。

ノイマン おい、待てよ!待てってば!
ネオン (ノイマンの手をグイグイと引っ張って)チチチチチ…。ちゅん、ちゅん、ちゅん!遅れないで、ノイマン!遅れないで。
ノイマン ブレイク!手を引っ張るなって、モウ。虎の子の指紋がズル剥ける。
ネオン ギャングに奪われたバーナード・ミラーの死体、そのドテッ腹からコボれたクォークの微粒子、その痕跡は…ズバリ!コッチ!
ノイマン だからあ!さっきから、アッチ!コッチ!と連れまわされて、同じ場所をグルグル回ってばっかしじゃんかあ。
トラヴィス ウン。仲良くやってるな。結構、ケッコー。
ノイマン ケッコーなもんか。引きこもりを連れまわしやがって。ひとでなしっ!
ネオン 鳥だもん。ちゅん。
マルタ (ネオンを見つめて)じーっ。
ネオン 何か?
マルタ イヤ、改めて見つめれば、いつかどこかで、見覚えのあるカゴの鳥だと思って。
ネオン 観ちゃ、イヤ。
マルタ えっ?フラれたぁ!
ネオン ネオンは『観る』ことに関してはエキスパート。ケド『観られる』ことに関しては…トゥー・マッチ・シャイ・バード。お断り。
ノイマン 観るエキスパート。…って、一体、ナニを観てんだ?
ネオン 量子もつれ。
ノイマンマルタ 量子モツレ?
トラヴィス 見習い量子探偵に、教えて差し上げて。ネオンさん。
ネオン ヨーロッパコマドリはね。鵜の目、鷹の目の目ん玉に、クリプトクロムというタンパク質を含んだ特殊な視覚細胞を持ってンの。
ノイマン シカクサイボー?
ネオン ウン、そー。その視覚細胞に、光の粒がブツかると…ギンギン!この両目は、ラジカル対という状態になる!
マルタ パチパチと瞬きで点滅してた鳥の目が、ギンギンになった!
ネオン ギンッッ!…この状態の目ん玉でジっ…!と虚空を睨むと…
ノイマンマルタ 睨むと?
ネオン 見えてくる。今、この足元にコボれた粒子の痕跡と、切っても切り離せない・マンツーマンでペアになっている粒子の繋がりが。

青く光る、粒子と粒子の痕跡が浮かび上がる。その軌跡は、ノイマンとネオンにだけ見えている。

ノイマン 粒子と粒子の、繋がり。
ネオン その距離が、たとえどれだけ離れていても…お互いに引っ張り会い、影響しあい、繋がりあうパートナーとパートナー。これを「エンタングルした!」と、いいます。

ネオン、ノイマンにピタっとくっつく。

ノイマン わっ、鳥クセー。離れろよ、離れろってば!
ネオン 一度エンタングルした粒子と粒子、その繋がりが途切れることはナイ。決して、ナイ。仮に宇宙がなくなったとしても。…それが、量子もつれ。
ノイマン 量子もつれ。じゃあ、もつれてくっついた、その片っぽの手を離さなければ、
ネオン もう片っぽが、どこにいても、必ず追っかけられるってワケ。
マルタ すげーっ!鳥、すげーっ!
トラヴィス 解説ゴクロー。ホラ、お水。東淀川のおいしい水。
ネオン ゴクン、ゴクン。…げぷっ。
トラヴィス 一説によれば。ヨーロッパコマドリは、NASAの持つ最新鋭の観測器の実に20倍以上の精度で、量子もつれを観測し・地球の磁場を視覚化、方角を間違えることなく目的地へ進むことができる。
ノイマン スゴい…けどさ。鳥がそんなスゴい目を持ってて、何の役に立つんだ?
トラヴィス 追っかけるだけじゃない。一度いった場所を憶えて、戻ってくる。例えば…そう、里帰り出産…とか。
ノイマン えっ?
ネオン チチチチ…ちゅん!コボれた粒子のもう片っぽに追いつきましたぁ!

と、風景がガラリと変わると、ギャングのローリングとクレイン、そして死体のバーナードがそこにいる。

ローリングクレイン あっ。
ノイマン あっ。

と、マルタ飛び出て。

マルタ ペッタン!やったぁ、一番乗りだぜ!さー御用だ、ギャングども!盗んだ死体を返しなさいっ!…って、アレ?

すると死体のバーナード、むくりと起き上がって爽やかに挨拶をした。

バーナード やあ、量子探偵。(と、ノイマンに向き直って)…て、コッチか。失敬。ハハハ。事情聴取の節はドーモ。改めまして自己紹介。私、被害者のバーナード。そう、バーナード・ミラーです。ヨロシク。にこっ。
マルタ ししし、死体が起き上がって、ニコっと挨拶したあ!
ノイマン ふーん。コイツはどーいったトリックだ?
クレイン おっと、首から入ったね。下品な探偵だこと。おほほ。
ネオン そんならネオンは、足から失礼。…ちゅん。
クレイン アラ、かわいい手乗りの小鳥。どーして死体がピンピンしてるのか?教えてほしー?ウン、教えて欲しいねえ?いーよ。その代わり手数料払いなあ。
ノイマン 手数料。(ネオンから奪って)なけなしの東淀川の水しかネーけど。
クレイン どれ。ゴクン。モグモグ。…うんうん。垂れ流されたダイキン工業産の上質なる有機フッ素が基準値の200倍もの目盛りを指して…(吐き出し)どべえっ!飲めるか、バカ!
ノイマン あっ、手数料を吐き出した。
ローリング 飲み干しな!
クレイン えっ?リバース…ごくん。
ネオン わお。
ローリング 四角四面のギャングが、一度でも口にしたセリフは、何があろーと吐いて捨てちゃダメさ。手数料を払ったんだ。タネ明かしをしてやろーじゃないか。探偵サマ、ご一行。
マルタ シビれる!カッコいいギャングだ。今の台詞にしおり、挟んどこー。後で使うんだ。うふふ。
トラヴィス しおりの無駄使いだ、マルタくん。ギャングの捨てたセリフはな、ひと山幾らの裏道のスミっこにいくらでも転がってる。
クレイン にゃにおうっ。にゃにおうっ。エート…にゃにおおうっ。

クレイン、足を突き出しながらフラフラとクダを巻く。ノイマン、その様子をジッとみて。

ネオン ちゅん。どーしたの?ノイマン。
ノイマン デジャヴだ。こんなふーに上半身ではイキのいい台詞を吐きながら、下半身の足元がまるでオボつかない・そんな千鳥足の紳士を、瞼の裏でこれまでに何度も見てきた、そんな気がする。
マルタ ジロリ。それは酒場で酔っ払ったミダラな大人の姿です。ノイマンさん。アンタだってまるっきり、例外じゃないンスからねっ!
ノイマン えっ?アタシが?ハハハ、まさか!
クレイン 酔っ払いと一緒にすんなあっ!オレはクールさ!冷めてるぜっ!あっためてくれ!喉から火の出る、駆けつけのワンショット!…グビリ。カーッ!アツアツだぁっ!やるならやるぜ。手芸で勝負だ!編み物、裁縫、パッチワーク!
ローリング クダまくなっ!右足に意気地。左足には心意気。千鳥足に酔って、ローリング・ベルコーク、裏道を牛耳る、か・お・や・く、のこの顔にドロぬっちゃダぁメ。
トラヴィス まーまーまー。待てよ、チンピラ。私ら、探偵。サツじゃない。オタクらギャングと同じ穴から出た、アウトローさ。表も裏も、清濁合わせ飲み、同じ言語で喋ろうぜ。なっ。
ローリング それってどんなカチカチ山?
トラヴィス 今、物語は迷子さ。カーペットを敷いて整理しよう。謎は2つ。イチ。ドテっぱらに6つもの弾丸をゴーセーにも平らげた被害者がなぜ今、平気な顔で
バーナード にこっ。
トラヴィス …とスッキリ涼しく笑ってンのか。ニ。ではその元・死体のダンナと、ギャングとの繋がりは?
マルタ うんうんうん。読ませるぜ。早くページをめくんなきゃ。
トラヴィス アセるな。これらは応用問題。見習い諸君い探偵諸君にはまず基本問題から。
ノイマン・マルタ 基本問題?
トラヴィス 手帳を一度巻き戻して、表紙の裏のゼロページ。物語のイロハは、5W1H。いつ・どこで・誰が・ナニを・なぜ・ドーやったのか?
ノイマン 差し当たり?
トラヴィス ふたつのW。今はいつで、ここはドコなのか?千鳥足でフラフラの足場を固めよう。
ノイマン (バーナードに)今はいつ?
バーナード (腹を開いて)死亡解剖のレポートをご覧。過去・未来が入り乱れるマイ・ストマックの中で、最後に現れた残留物。それが現在時刻を示してる。
ノイマン ぱくっ。歯形にぴったり、ブルーベリー・クレープ。
ネオン ちゅんちゅん。お昼寝どきの、午後一時。
ノイマン そんなら、事件現場を飛び出してから殆どページは進んでナイな。
マルタ じゃじゃじゃ、場所は?ここはドコ?
バーナード うんとねえ。それはねえ。
ローリング その聞き込みには、顔役のアタシが答えよう、新米探偵。タネを明かすと言ったんだ。このローリング・ベルコーク、一度吐いたセリフは飲み込まない。ノー・リバース・ノーライフ。飲むなら吐くな、吐くなら飲むな。
クレイン (ベロベロで)飲んでまシェん。ボク、飲んでナイんだからぁ。…グビリ。カーッ!アツアツだぁっ!
ローリング バカッ!仕事中に飲むヤツがいるか!飲むのはヤマが終わってからだ!
マルタ ン?仕事中?今、仕事中だって?
ノイマン ギャングの仕事…って、ナンだ?
トラヴィス ユスり、タカりにかっぱらい。街の掃除にボランティア。密造・密輸にそして…
ローリング そして、そう。銀行強盗。
ノイマン・マルタ 銀行強盗?
ネオン じりりりん。じりりりん。(ノイマンの手を掴んで)ちゅん!

ネオン、ノイマンの手を取る。と、別の空間に繋がって、受話器を持ったミルホーン現る。

ミルホーン もしもし!探偵さん?ミルホーン・ヴギです!今、ドコにいるんですかぁ?
ノイマン ウン。そのWをギャングの口から今、聞くトコロなんだけど。
ミルホーン ギャング!ギャングといるのね!一緒にいるのね!そこにいるのね!たたた、大変!ふらっ。
ノイマン ふらっとしてねーで、その大変のワケを話せって。
ミルホーン …今、私。街のド真ん中に鎮座ましますメガバンク、中央政府銀行の前にいます。そして、その銀行に今、ギャングが押し入って、立てこもってるんですぅっ!
ノイマン 銀行?立てこもり?ギャングは確かに隣にいるけど…。(周囲見渡し)ヤケに天井が高いだけでナンにもない、静かでガラーンとした空洞だぜ?

と、目撃者のキャノンとその傍らにハニーマーズ現る。

キャノン 目撃者のキャノン・ビアードです偶然です!偶然銀行のロビーで新曲のプロモーションがあったんです!
ミルホーンハニーマーズ キャーッ!キャノン、キャノン、キャノン・ビアード! 
キャノン そしたら、一曲目の大サビを歌いきる前に、死体を担いだ2人組のギャングが
ローリングクレイン ガッシャーン!
キャノン と、足から押し入って支店長の鼻先…エート…?
ハニーマーズ (耳打ちして)2ミリ50センチ。
キャノン 2ミリ50センチ先に拳銃を突きつけて、
ローリング 厳重の上にも厳重にガードされたトップ・セキュリティの巨大金庫。その入口まで案内して、ヨロシク。
キャノン ソー言って、巨大金庫の前に立つと…すーっと中に消えていったんですぅ!
ノイマン ええーっ?じゃじゃじゃ、じゃあ、今・ココは、銀行強盗真っ最中のメガバンク、その巨大金庫の中ってことか?
トラヴィス いいセリフだ!現在の状況と心境を、過不足なく一行にまとめた!成長してるぞ、順子・ノイマン!

と、壁の中に消えたローリングに、キャノン、話しかけると、ローリング、戻ってきて。

キャノン あっ、もし。
ローリング ン?何か?
キャノン 人質、ご入用ですか?ご入用でしたら、私、買って出ますケド。
ハニーマーズ キャノン!
キャノン 第一発見者・目撃者のオーソリティーは、人質稼業もプロ裸足。
ローリング いーの、いーの。人質はネ。多分・きっと・間違いなく、後から勝手にやって来る。そのプロ根性だけ、ありがたーくしまっとくよ、レディー。そんじゃ。

ローリング、金庫の中に消える。

ハニーマーズ ほっ。

と、クレインが壁から戻ってきて。

クレイン にゅっ、と首から。あっ、キャノン・ビアードだ。ファンなんだ、ボク。せっかくの人質、買って出てくれたんなら、持ってこーっと。

クレイン、キャノンの手を掴んで金庫の中に消えた。

ハニーマーズ きゃあーっ!消えた!銀行強盗のギャングに連れ去られて、キャノン・ビアードが金庫の中に消えちゃったぁ!
ミルホーン (ノイマンに)と、ゆーワケなんです。

と、その瞬間、キャノンが、ノイマンたちのいる金庫の中の空間に現れる。

キャノン ウンウン、なるほどねー。
ローリング アラ?人質が増えたかな?
キャノン いーえ。私、ずっと居ました。初めから居ました。居たっていったら、居たんですっ!
ローリング クレイン、お前。
クレイン エヘヘ。どーもスイマセン、ローリングさん。どーも別の宇宙のボクが、手を引っ張って連れて来ちゃったみたいスね。えへへ。
ローリング (バーナードに近寄って)この技術はレンタル品。時空間の重ね合わせだって、無限にゃ使えねーんだ。ほどほどに。
クレイン はーい。
ノイマン …重ね合わせ?

と、金庫の外の空間。刑事部長のチャド現る。

チャド なんてこった!お手上げ現場から死体をさらったギャングをおっかけてたら銀行強盗の立てこもりにぶつかった!しかも金庫の中に消えただと?もう上げる手がナイぞ!足上げろ!転んだ!イタイ!
ミルホーン チャド部長。
チャド あっ、解剖検視官!通話中だな。受話器を貸しなさいっ!…もしもし!探偵か!金庫の中にいるのか!人質は!無事か!無事だな!じゃあ、返却しろ!早くしろ!壁をスリぬけて入ったんだから、おんなじ方法で出て来られるハズだ!
ノイマン 無茶ゆーなよ。
チャド 無茶言うんだよ!それが仕事だよ!無茶で茶を沸かして、無茶で米炊いて、無茶でローストビーフ喰ってんだ!いいか!人質は必ず無傷で家に帰す!それが探偵の品質保証だ!いーな!
ハニーマーズ いーことゆーわ。さすが、デカ長だわ。
ミルホーン (受話器奪って)いいワケないわっ!ダメよ!人質は帰しちゃダメっ!
ハニーマーズ えっ?
チャド ナナナ、ナニ言ってんだ!どーいったワケだ!?
ミルホーン だって!キャノン・ビアードは新曲プロモーションの途中なんです!大サビ聴くまでは、ワタシ、帰れませんっ!断固帰れないんだから!…ガチャン!
チャド あっ!バカ!受話器切るな!コールバック!
ネオン …ツーツーツーツー。
ネオン・ミルホーン 『プリーズ・コール・ミーバック』。
ハニーマーズ ギャーッ!キャノン!

ハニーマーズとチャドの声、遠くに消えてゆき、金庫の中に空間が絞られる。ノイマン、物思いに沈む姿。

トラヴィス ここだ!ここでしおりを挟むんだ。
マルタ あっ!トラヴィスさんが、自らしおりを?
トラヴィス スジを見誤るな、マルタ君。この先、何度も振り返ることになる、ここが物語のターニング・ポイントになる。
マルタ どきどき。それって、どんな分水嶺?
トラヴィス 探偵として覚醒するや否や?今から始まるひと匙の推理、その結果如何によって、順子・ノイマン。その人生がここで枝分かれるんだ。

と、そこへスペード・カフカ現る。

スペード ソイツは見逃せませんな、ストーリー・テラー。
マルタ あっ!背中を見せてトンズラした、飲み友だ!自称・犯人だ!
ローリング クレイン、お前。
クレイン えー知らないすよ。僕じゃないすよ。手を引っ張ってきた感触がナイもん。
スペード 自腹さ。見届けさせて貰うぜ。この宇宙でのノイマン、その腕前。
バーナード (スペードの姿にハッとして)貴様…!
スペード ゴクローですダンナ。ハハハ。胃に穴、空けちゃって。それも6つも!ハハハ。
クレイン モメごとだ!メシのタネだあ!えへへ!
ローリング 首つっこむな!…足から入りなサイ。
ノイマン …ネオン、黙らせろ。
ネオン えっ?
ノイマン 推理のジャマだ。水をうった静寂で支配した、クリーン・ルームを用意しろ。
ネオン (周囲に)ビー・クワイエット!お静かに願います!量子探偵が推理に入られました!…ちゅん。

ノイマンとネオン以外の時が止まる。静まりかえった空間の中で、ノイマンの推理が始まる。



















闇の中に直線が引かれると、その線上に人々がマネキンのように並ぶ。それを観察するように、4次元人のテッセラト・ジーンが現れる。

テッセラト …ご覧下さい。1次元の人々です。1次元…すなわち、直線。ご覧の通り、この世界には、「前」と「後ろ」しか存在しません。ただ、直線上を行ったり、来たりすることしか出来ない。

マネキンたち、横並びのまま、一本の直前上を平行に移動する。と、ルナ・フォールドが現れる。

ルナ ブツかりますね?
テッセラト ブツかります。でも、どーってことありません。
ルナ どーして?
テッセラト それがこの世界での日常であり、常識だから。
ルナ ウーン?
テッセラト お気に召しませんか?では2次元に、世界を拡張してみましょう。

マネキンたち、平行に加えて縦・横にも移動する。四角形のような動き。

ルナ ブツからなくなりましたね?
テッセラト ハイ。直線に、横軸と縦軸が産まれました。
ルナ でも…やっぱりのっぺり。面白くないわね?
テッセラト これもお気に召さない?では仕方ない。凡庸なる3次元へと移行しまショ。

マネキンたち、一直線の横並びのまま、手前と奥にスライドする。

ルナ ソレなりに馴染み深い世界になった。
テッセラト 縦・横に高さが加わって、立体の概念が産まれました。

と、マネキンたち、男と女の姿に気付き、おののく。

マネキン1 わっ!ヒヒヒ、人だ!
マネキン2 人がいきなり出てきたっ!
マネキン3 何もない空間からゼロ距離移動してきた!
マネキン4 4次元だっ!4次元人だっ!
マネキンたち ひえーっ!
ルナ あっ、見えるんだ?
テッセラト 今、我々も次元を1ランク・ダウンして、3次元内に存在していますから。物質は、同じ次元に立って、始めて認識できる。
ルナ 3次元。そっか、そーだった。どーりで肌がカサカサだ。
テッセラト この世界では、空間は縦・横・高さの立体ですが…時間は平面、すなわち一方通行の直線のマンマですから。
ルナ お肌に溜まるばかりのエントロピーがカユいぜ。
テッセラト あんまり掻くと、熱力学第二法則のエジキですよ?…そんで?
ルナ ン?
テッセラト 決まりました?どの次元に移住するか。
ルナ ウーン…。
テッセラト 決め手に欠けますか、そーですか。じゃ、まあ、一旦、戻りましょう。我々の住処、4次元へ。

二人、4次元空間へ移動する。…と、そこにもう一人の人物、ボロボロに老いた姿のノイマンがいる。

ノイマン お早いお帰り。
テッセラト わっ!なんだお前…この空間に、どうやって入った?
ノイマン エヘヘ。どうやってって…そりゃ、ドアを開けて入ったんですよ。
ルナ 4次元空間のドアを?開けられるの?
ノイマン そりゃね。4次元なんてタイソーな看板、乗っけたって…縦・横・高さの3Dに、たった一つ、時間が加わった。それだけのモンですから。この瞬間・この時間に照準を合わせれば…どってことない。
テッセラト そりゃ、理屈はそーだけど…。実際、ムズカシーよ?
ルナ そーなの?
テッセラト そーですよ。あなたは…そりゃ、ネイティブの4次元生まれだから、分かんないかもしんないけど。
ノイマン へえ、ネイティブ。そーなんだ。4次元生まれ、4次元育ち。時代だね。今時だ。
ルナ 何か、おっしゃりたいの?
ノイマン ウン、平たく言うとネ。あたしゃ…おジョーちゃんアンタを迎えに来たんだよ。
ルナ えっ?
ノイマン 勿論、イリーガル。ぴっかぴかの、非合法。
テッセラト ちょっと、それは…。
ノイマン 4次元人。それもネイティブか。なるほど、道理で。(ルナに)…あんた、別の次元で、そう3次元空間で、悪さをしたんだろ?…盗み?イーヤ違う、コロシだ。
ルナ …!
テッセラト (遮って)喋る義理はナイ。
ノイマン ギリギリの歯ぎしりじゃ、この口は止まんネーよ。エヘヘ。2次元に住む人間に、3次元の世界が想像も、認識だって出来ないように、3次元に住む人間にゃ、4次元の世界は認識できない。
ルナ そりゃ、そーね。
ノイマン だからして、4次元に住む人間が、例えばある日・突然、次元を下降して3次元空間に現れ、そして犯罪を犯し…その後また、4次元空間に逃げ込んでしまえば…3次元に住む人間は、ソイツを追っかけることが出来ない、ト。ま、簡単な理屈ですが…昨今、大きな社会問題になっていますな…ヒック。
テッセラト …クンクン。…うっ!臭!お前、酒飲んでんな!
ノイマン 飲んでちゃ悪ぃか!ハァーッ!ハハハ。無礼講だ。
テッセラト いや、ブレ―なんだけど。
ノイマン お高く止まんなって。…で?アンタが、このコのエスケーパー。逃がし屋ってワケだ?
テッセラト 分かっているとは思うが段取り踏んで一応、言っておく。こちらは合法だ。

ノイマン そーらしいね。アンタらの…4次元人の取り決めでは…4次元に住む人間が、別の次元で犯罪を犯し、そして逃亡した際。その身柄を保護し、そして期限つきの島流しでお茶を濁す。
テッセラト その通り。彼女は確かに、別次元で犯罪を犯し、4次元に逃げ戻ってきた。だがその事情には、情状酌量の予知アリと判断され、一定期間・別次元での謹慎生活が決定した。
ノイマン 額面通りの説明、アリガトさん。でもよ…フフフ。どの次元に移住するか?ソイツを決める権利が…当の犯罪者本人にアルっていうのがさ。被害者からすれば、どーにも納得がいかないってさ。
ルナ でも、それが…
ノイマン 合法だってんだろ。知ってるよ。そんで、知ったこっちゃねーよ。
ルナ 無茶苦茶じゃない。
ノイマン そーさ、無茶苦茶さ。だから、アタシが来たんだよ。イリーガル、非合法上等。寝酒のバーボン一瓶、懐に抱かせてくれりゃ、何でもするぜ。4次元から…ヒト一人、さらって連れてく。ワケもねーことさ。…ウィッ。
テッセラト お前、4次元人じゃないな。住民登録鑑札見せろ。
ノイマン そんなモンねーよ。
テッセラト タダノリの、キセル野郎か。
ノイマン ハハハっ。バカゆーな。入場券だって買うカネあるかよ。アタシはね…自力で来てんだ。自力で4次元までやってきた。そんで、自力で帰る。
テッセラト 不可能だ!そんなマネ。
ノイマン アンタさ。量子力学って、知ってる?
テッセラト ン?リョーシー…なんだって?
ルナ 聞いたコトある、授業で。…確かすっごくムカシに、信じられてた宗教だって。
テッセラト ししし、シューキョー?
ノイマン お初にお目にかかります。量子探偵のウォーターヘッド・順子・ノイマン。量子探偵。量子力学を用いて事件を捜査・解決する…まあ、何でも屋です。何でもやります、依頼者優先、絶対秘密厳守。
テッセラト コイツは…頭がイカれちまってるんだ。相手にするだけ、エントロピーの無駄だ。
ルナ なんだか、かわいそう。
ノイマン 憐れんでくれんのかい?そんじゃ、なぐさみついでに、お嬢サマ、お手を拝借。量子力学。今じゃすっかり苔むしてカビの生えちまったこの両腕が今、4次元の手首を掴んで…見事次元の壁から脱出なるか、お慰み!
ルナ あっ!

ノイマン、ルナの腕を掴む…が、その場にドサリと倒れ込んでしまった。




































ミラとゼロが現れる。と、同時に、どこからともなく習字道具を手にした子供たちがワーッと現れると、転がったコインを競って奪い合う。

スリーピー ナナナナ、何もない空間から、人間が沸いて出てきたっ?

ゼロ あ。それ、逆ね。
スリーピー 逆?ナニが逆?
ゼロ 何もない空間から人間が出てきたんじゃなくって、何もない人間が、この空間にやってきた。何ンにもない、つまり、ゼロ次元。
スリーピー ゼロ次元?…ンーと…ニャニを、言ってるのかニャ?
ノイマン あのね、スリーピー。つまりこのダンナはねー、ゼロ次元人ってコト。
スリーピー ゼゼゼ、ゼロ次元人?
ゼロ ゼロ次元から来ました、ゼロ・フラックスです。
スリーピー カッコイイ名前だ!贔屓だ。(ゼロを指さして)ゼロ・フラックス。(自分を指さして)スリーピー・スリップ。…うらやまし。

と、コインを取り合っていた子供たちの中から、一人がそれを手にすると、ミラに手渡した。

子供 はい、センセー。
ミラ ゴクローちゃん。(コイン見て)なんだこのコイン。両方ともゼロだ。イカサマだ。
ゼロ 触んないほうがイーすよ。時代錯誤が感染する。
ミラ ピーン(と、放り投げて)。アタシにニセ金を掴ませたね。…量子探偵。
ノイマン へへへ。ポケットの中で大事に大事にこすり合わせ過ぎて、コインの裏・表がすり減っちゃったかな?
ミラ トボけんな。さてはアンタ、もうカラッポに飲み干しちまったんだろ。夜、ベッドに潜り込むために必要だっていうからしぶしぶ渡した、手付の10セント。
ノイマン 愚問だな。昼酒の魔力に勝る道楽はナシ。
スリーピー 昼酒?アッ、それで真っ昼間から、公園でスリップしてたんだな。
ミラ どこでスリップしようと勝手だけどさ。手付を受け取ったアタシの依頼を、アンタ、無残にも失敗したんだ。落とし前、つけて貰おっか?
ノイマン (ニヤニヤ笑って)落とし前。落とし前、ねえ…。
スリーピー あのう…。ミステリアスなマダム?あなたも、その、ゼロ次元からお越しで?
ミラ ン?アタシは違うよ。アタシはゼロから、いっこ、階段上がった1次元人。
スリーピー イチ次元。

と、いつの間にか、子供たちが横一列に整列している。

ミラ 御覧なさい。1次元…すなわち、直線。一本の直線上を、行ったり、来たり。それがアタシらの世界、その全て。

子供たち、直線の上をブツかりながら移動する。

スリーピー ブツかりますね?
ミラ ブツかります。そうやって生きてきたし、これからも生きていく。このシンプルさこそ、1次元人の、誇るべき・美学。
スリーピー ビガク。
ミラ 縦・横・高さの3次元空間なんて…情報過多で、めまいがするわ。センスを疑うわ。ホントだったら、一秒だって長居はしたくナイんだわ。
ノイマン 誰も引き留めてねーよ。お帰りは、アチラ。
ミラ だからそーはいかねーのよ、探偵。…あの日、アタシははるばる3次元空間まで出張して、量子探偵事務所。朽ち果ててボロボロのその扉を叩いた。

にわかに、回想シーン。ミラがノイマンの元を初めて訪れた風景。

ノイマン …ご依頼を伺いましょう。
ミラ この3次元空間までやってきて犯罪を犯し、4次元に逃げ帰った下手人を、アタシの目の前に連れてきなサイ。出来なかった場合は…
ノイマン 出来なかった場合は?
ミラ ウォーターヘッド・順子・ノイマン。その存在を、この宇宙から現在・過去・未来永劫、何の痕跡も無く、消し去ってやる。

と、回想シーンここまで。

スリーピー えーっ。なんて横暴!
ノイマン 渡りに舟の依頼だったさ。どーせやるなら、シックに頼むぜ。なっ?
ミラ …!
ミラとノイマン、しばし睨み合う。ゼロは微動だにせず。スリーピー、ミラの顔を恐る恐る、覗き込んで。

スリーピー …ゾゾーッ。(ゼロに耳打ち)トンでもネー貫禄だぜ。こりゃあ、さぞかし名のある、裏社会の大物だ。ソーでしょ?ねっ?キマリだ。
ゼロ ン?いや?ありゃ、タダの書道教室の先生だけど?
スリーピー え?

と、子供たち、習字道具をバタバタと開いて、半紙を取り出すと、墨を摺り始めた。

ミラ ご紹介に預かりました。アタクシ、一次元流・書道教室で永世師範、やってます。ミラ・エコーズ、ミラ・エコーズ、ミラ・エコーズです。さー、墨を摺りなさい子供たち。ゼロとイチとを往復して。苔のむすまで、手塩にかけてネ。

子供たち (墨を摺りながら)ゼロ・イチ、ゼロ・イチ。ゼロ・イチ、ゼロ・イチ。<br>
ミラ 墨が摺れたならどっぷりと、墨痕鮮やか、一次元流の、一筆書き!

子供たち、半紙に文字を書く。その文字はすべて『一』の直線。

ミラ アレ、美しヤ。何も足さない・何も引かない。究極の一次元芸術。これぞ、うっとり、真一文字。

だが、次の瞬間、『一』が『∞』へと変化する。

スリーピー あっ!みみみ、見て!直線一本やりの真一文字に、縦・横の座標が加わってカタチが変わった?
ノイマン ほー。コイツは見事な一筆書きの、レムニスケートですな。
スリーピー レムニスケート?
ノイマン ご覧の通りのインフィニティ。無限の一筆書き、その線上を循環する、代数帰化・平面曲線!
ミラ そーよ!インフィニティ!コイツは縦・横の2次元っ!
スリーピー 2次元。
ミラ ある日を境に、アタシの引く一本の線が、ことごとく全て、この形に変わった!これも!これも!これもっ!ハアハア…。あー、おぞましい、おぞましい!
スリーピー なんだって、そんな事になっちゃったんです?
ミラ 理由ならハッキリしてるわ。1次元と2次元の境界がほどけて・溶けて・交わってしまったんだわ!このままでは、1次元は2次元に融合して、飲み込まれてしまう!誰?次元の境目を壊すようなマネをした者はっ!
ゼロ 見つけましたよ、マダム。ご所望の犯人を。

と、別空間に、ルナと、その傍らにいるテッセラトの姿が浮かび上がる。

ゼロ (別空間のルナを指して)ルナ・フォールド。ナンと4次元人。それもネイティブ。
ノイマン ネイティブ。4次元生まれ、4次元育ち。

ゼロ、機敏に動きながら。

ゼロ そう、4次元。縦・横・高さの3次元に、時間までもを加えた情報過多の申し子。
スリーピー (ゼロ見て)あっ、動けるんだ。
ゼロ そりゃ、動けますよ。ココは3次元だもん。ゼロ次元人にとっては、どーでもイイことだけど、ね。
スリーピー と、いーますと。
ゼロ …(子供に)一本、借りるよ。

ゼロ、子供たちの一人から受け取った筆を動かす。と、半紙に描かれた文字が『∞』→『一』→『・』へと変化する。

ゼロ 1次元は、直線。ゼロ次元は、点。点は移動しない。ただ、そこにあって、世界の全てを観察する存在。だからして、だからこそ、次元を飛び越えておイタをした犯罪者を見つけるなんて、お手のモノ。探した瞬間には、既に見つけている。
スリーピー フーン。じゃ、オタクが連れてくればイーじゃないすか。
ゼロ ハナシ、聞いてた?だから、ゼロ次元人は見つける「だけ」。世界の中心に居座って移動が出来ないのに、連れて来られるワケ、ナイでしょ。
スリーピー なーんだ、役に立たねー。
ゼロ ムカッ。あのね…、
ノイマン そーなんだよ、スリーピー。だからさ、コイツら、アタシに肉体労働を押し付けやがった。ホシの目星はついてるから、ただ捕まえて来い、ってさ。ガキの使いだぜ。なあ?
スリーピー そんで失敗したんだ。
ノイマン だってしょーがねーよ。本来ならよ。この量子探偵事務所・所長のウォーターヘッド・順子・ノイマンは、ホワイトカラー。頭脳労働専門なんだ。
スリーピー じゃ、ブルーカラーの肉体労働専門を雇わないと。
ノイマン へへへ。昔は、いたんだけどサ。いつの間にか、逃げられちゃったんだ。やたらめったら・手当たり次第に総当たりする、ディープ・ラーニングの申し子、量子AIの相棒がさ。
スリーピー 量子AI…?手当たり次第に体当たり捜査するブルーカラー。…ハッ!ままま、まさか、その役割を、オレに?
ノイマン そー思ってスカウトしたけどよ。渡りにドロ舟で、相棒に再開できそーだ。(子供に)…借りるぜ、一筆書きのガジェット、一本!
ミラ・ゼロ あっ。

ノイマン、子供から受け取った筆を動かすと、地面を覆う『∞』の形が現れる。子供たち、その上を行進するように歩く。

ノイマン 1次元と2次元のタガがゆるんだお陰で生まれた、このレムニスケート図形。量子力学のメガネをかければ…こいつはヨダレが止まらない『量子もつれ』の発生源だ!
スリーピー 『量子もつれ』?
ミラ …って、ナンのこと?
ゼロ さあ?古代の技術にはトンと疎くて。
ノイマン レッスン・ツーだ、スリーピー。身をもって教えてやるよ…ドンッ!
スリーピー あっ!

と、ノイマン、スリーピーの背中を押す。するとスリーピー、子供たちの輪に入り、地面に描かれた『∞』の上を歩く。ノイマン、懐から10セントコインを取り出して。

ノイマン ジャン。今、懐より取り出したる、一枚のコイン。
ミラ あっ、手付の10セント。飲み干したんじゃなかったのか。
ノイマン 飲めばカラッポのゼロ。飲まなきゃ懐に舞い戻ってイチ。一度、コインを宙に投げたら、落下の間に、裏・表、白黒ハッキリつけて、必ず・どちらか一つの結果に着地しなけりゃならない。
スリーピー トーゼンだな。
ノイマン だが量子力学においては…ゼロとイチとを同時並行に「重ね合わせる」ことができる。
ミラ ゼロと、イチ。
ゼロ 表と、裏。
ミラ 夢と、現実。
ゼロ 昼と、夜。
ノイマン 背中合わせに正反対の選択をした未来、決して出会うことのない「もう一人」の自分。その線対称に分裂した分身に、出会う方法が、たった一つ、ある。
スリーピー え?それって?
ノイマン (突然・大声で)せーの…エントロピーのヘソのゴマっ!

子供たち、一斉にストップする。と、スリーピー、立ち止まれず、つんのめってしまう。

スリーピー わっ!スリップ!

スリーピー、『∞』の線上から弾かれて転ぶと、その瞬間、線対象の位置から、もう一人の人物=トレーサー・トリップがジャンプして現れる。

トレーサー ハイッ。トリップ。
スリーピー えっ?
トレーサー 転んで、飛び出ました。トレーサー・トリップです。
スリーピー ととと、トリップ?
トレーサー (スリーピーをジロジロと眺め回して)なるほど。キミが噂に聞いた、スリーピー・スリップ。ボクと量子もつれの関係にある、【昼】の世界の警察官。
スリーピー 量子もつれ?…イヤ、私、何の噂も煙も立たない、タダの交番勤務です。
トレーサー スリーピー。キミ、今までの人生で、ワケも脈絡もなく、突然・スリップして転ぶことがなかった?
スリーピー え?そんなの、しょっちゅうだ!物心ついて以来、日常茶飯事だ。
トレーサー それはね、スリーピー。キミと量子もつれの関係にあるボクが、ジャンプしたからなんだ。(ジャンプして)…ハイ、トリップ。
スリーピー (転んで)わっ!スリップ!…ええええ?コレって、まさか?
ノイマン ハハハ。ナイスコンビじゃねーか。身をもって知ったか、スリーピー。量子もつれの相手ってのはナ。どんなに遠く離れていても、必ず・お互いに影響しあう。宇宙で一番、強い絆で繋がったパートナーのことさ。
トレーサー 片方の粒子が変化すると…同時に、もう片方の粒子も必ず変化する。これを、エンタングルした!…と言います。
スリーピー じゃ、じゃあ…オレがスリップすると?(転ぶ)
トレーサー ボクがトリップする。(ジャンプする)
スリーピー なんてこった!裏と表に引き裂かれたコインの絵柄が、こんな簡単に出会っちゃって、いーモンだろか?
ノイマン 普通は出会えない。量子もつれの関係にあるパートナーを見つけるなんて、宇宙に捨てた栗まんじゅう一個、見つけて拾うよりも難しい。
スリーピー つまり…普通じゃナイ?
ノイマン ニヤリ。分かってきたな、スリーピー。見なよ、1次元と2次元が溶けて現れた、∞(レムニスケート)。この曲線を移動する粒子は、その対極に、量子もつれの関係を持つのさ。
スリーピー じゃあ、この線の上を歩いて、対岸を眺めれば…そこに運命の赤い糸と糸で結ばれた、エンタングルのお相手を見つけることが出来るんだ?
トレーサー スリーピー・スリップ。今、キミは【夜】の世界に迷い込んだ、訪問者。
スリーピー 【夜】の世界?
トレーサー この宇宙にはネ。ゼロとイチ、コインの裏表がスピンして止まらないのと同じく、キミの住む【昼】の世界とボクらの住む【夜】の世界が同時並行に存在している。
スリーピー 【昼】と【夜】。もつれて絡んだ、ゼロと…イチ。
トレーサー 君が【昼】の警官なら、ボクは【夜】の警官。お会いできて光栄だよ。(握手して)ハンド・イン・ハンド。…アンド、シェイク・ハンド。
スリーピー (感激して)ナイス・ガイだ!いいヒトだ!
ノイマン 良かったナ、スリーピー。…ソンじゃ、ちょっと留守にするからよ。トレーサー。【夜】の世界に不慣れな、アタシの大事な相棒のボディ・ガードを頼まあ。

ノイマン、去ろうとする。が、ミラ、それを引き留めて。

ミラ 待ちなっ!ドサクサしてねーで、依頼失敗のケジメを取れ!
ノイマン 失敗?ハテ、ナンのことだい。
ミラ にゃにゃにゃ、ニャンだって!?
ノイマン 言ったろ。量子探偵は本来、ホワイトカラーの頭脳労働。見つけた犯人の腕をとって引きずって連れてくるのは、肉体労働担当の量子AI。
ミラ だからあ!そのブルーカラー担当の相棒を、ノイマン。お前は失ったんだろ?
ノイマン ウン。だから見つけて連れてくるよ。ちょっと待っとけ。
ミラ どーやって?

レムニスケートの線上、その対極に二つの影が現れる。量子AIのネオンと、光子AIの慧遠(エオン)。

ノイマン (慧遠の傍に立ち)エオン。量子力学を時代遅れのブタ箱に追いやった、光の粒子、その学問。光子(こうし)力学の申し子。
慧遠 光子AIの慧遠です。ワタシがどこにいるのか?それは、ヒ・ミ・ツ。
ノイマン この慧遠を見つけて、さらい、レムニスケートロードを歩かせれば…その対極に、肉体労働専門・アタシの相棒、量子AIのネオンを見つけることが出来るってワケ。
ネオン イエッス。
ミラ こここ、光子AIをさらうって?不可能だ!だって、それって!
ノイマン そーさ。4次元人のテクノロジー。ま、いいから。指くわえて待ってな。(ゼロに)…ゼロ次元人。
ゼロ ハイ。かっこいい名前のゼロ・フラックスです。
ノイマン 何でもお見通しなんだろ。おんぶして連れてってやるから、光子AIの現在地までマッピングしろ。なっ?
ゼロ いーけど。グリーン・シートでお願いね。

ゼロとノイマン去ると同時に、スリーピーとトレーサーも別の場所に消える。

ミラ 4次元生まれのネイティブが、慣れない3次元世界でたった一人。…あのコ、今頃ドコで何をしてるやら…。

ミラ、闇に消える。その背後に、ルナの姿が浮かび上がる。

DATA

2025年 5月28日(水)~6月1日(日)

@座・高円寺1

作・演出
小野寺邦彦

出演
江花実里 / 岩松毅 / 江花明里 / 柴山花奈子 / 大浦孝明 / 本田真唯 / 片腹年彦 / 三枝ゆきの / 佐藤拓実 / 河西美季 / 大矢紗瑛 / 富山華佳 / 内柴楓 シマザキタツヒコ / 高田遼太郎 / 奥泉 / 岩田あや乃 / 岡村梨加 / 黒田和宏 / 岸鮫子 / 宮崎雄真

スタッフ
音響:久郷清 /照明:中佐真梨香(空間企画) /美術:オノユウコ /衣装:小川優太 /舞台監督:久保田智也 /デザイン:orange21 /イラストレーション:あけたらしろめ / 制作:永井友梨(架空畳)、奥田英子(演劇ユニットG.com)/稽古場サポート:日野あかり(日本のラジオ)
協力:革命アイドル暴走ちゃん、イーソ・ガーバ、guizillen、アマヤドリ、放映新社、kiel、小池舞(映像撮影)
提携:NPO法人 劇場創造ネットワーク/座・高円寺
主催:架空畳

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